微妙なバランスを保つ全方位外交 5
こうして同月15日には中国の約8億ドルにのぼる対ソ商品借款が調印され、ソ連も中国に1958年以来、34年ぶりに軍事技術供与を復活する意向を示しました。
中ソ間の友好関係は、さらに5月の江沢民総書記の訪ソによって正式に確認されました。
むろんここでも、中国は米ソ関係の悪化を決して望んではいません。
米ソ関係の破綻は、かえって中国を戦争に巻き込む危険性を増大させるからです。
しかし、その一方で、ソ連が保守派の影響下に社会主義イデオロギーを取り戻す方向に向かうこと、そのことによってアメリカとの一定の対立要因を保持することを望んでいることも否定できません。
実際、中国の対ソ接近はソ連軍部が湾岸戦争勃発直前の91年1月13日に、リトアニアの首都ビリニュスにおいて「血の日曜日」といわれる武力弾圧事件を引き起こしました。
それ以後、ゴルバチョフ政権に対する軍部保守派の影響力が強まったことを好感したためと見られます。
・・・もっとも、その後、ゴルバチョフ大統領は4月の訪日を経て、再びその針路を改革派寄りに変え、ロシア共和国最高指導者のエリツィン(91年6月、同国大統領に当選)とも急接近を開始しているといわれます。
しかし、それでも中ソの接近に基本的な変化はないと考えてよいとされていました。
むしろ中国が恐れているのは、ソ連が連邦分裂や経済危機などの複合的な危機が深化して瓦解し、アメリカを中心とした西側諸国の援助に一方的に頼らねばならなくなる状況が生じることです。
あくまで、ソ連が対米的に潜在的にでも軍事対抗力として存在し続けることこそ、中国にとって戦略上必要とされる条件だからです。